県民健康調査「見守り」が狙い

●山下俊一・前検討委座長/目的や枠組み見直し議論して軌道修正を

―県民健康調査は東京電力福島第一原発事故を受けて始まったが、今の枠組みでは被曝による健康影響があるかどうか解明するのが難しい、と指摘する疫学の専門家がいる。

県民健康調査の枠組みは、原発事故による被曝と健康影響の因果関係を調べようと設計されたわけではない。被曝の影響の有無にかかわらず、県民の健康、とくに被曝の影響を受けやすい子どもと妊婦の健康を見守るのが目的だ。

―甲状腺検査は、1巡目を被曝の影響がない状態と位置づけ、その結果と、2巡目以降の結果とを比較して被曝の影響をみるのではないのか。

実施する以上、1巡目も2巡目以降も同じ診断基準や精度で比較できるように行う。しかし目的はあくまで子どもの甲状腺の健康を見守ること。全県の子どもが対象なのはそのためだ。

―県民健康調査検討委員会では、「被曝の影響の有無は知りたい」との意見も出ている。

調査の枠組みは検討委が決め、県立医大だけでは決められない。調査の目的や枠組みが今のままでいいのか、もし被曝との因果関係の解明を目指すなら調査対象や方法はどうするのかなどを、ぜひ検討委で議論し、方向性を示して欲しい。

―甲状腺検査については、必ずしも治療の必要がないがんまで見つけ、手術をするという過剰診療を懸念する専門家もいる。

検査をすれば症状のない疾患も見つかる。しかし、被曝への不安で県内が混乱していた3年前、子どもの甲状腺の健康を見守るために検査の実施を決めた当事者の一人としては、過剰診断という指摘には違和感を抱く。低線量だとしても県民が原発事故で被曝しているのは厳然たる事実。それを考慮すれば、通常のがん検診の枠を超え、「見守り」を目的とする甲状腺検査の意義は大きい。

―過剰診療への懸念にはどう対応するのか。

適切な治療をするのが一番大切だ。小児甲状腺がんは患者が少なく、関連学会の治療指針がない。いまは成人の治療指針に基づき治療している。将来的には小児の甲状腺がんの教科書を作ることも念頭に、国内外の専門家の意見も採り入れ、治療に取り組みたい。

―甲状腺検査の1巡目では約30万人のうち104人が疑いも含めがんと診断された。これまでのがん登録の発生頻度の約20倍だ。この数字をどうみるか。

症状のない人を網羅的に検査したため、症状のある人を診断したがん登録より、高い頻度でがんが見つかっていると考えられる。チェルノブイリの事故後に生まれ、被曝の影響がない0~19歳の子ども約4万2千人に、事故後20年後に実施された網羅的な検査でも、がん登録で予測される割合の約17倍の甲状腺がんが見つかった。

―3年間の結果を踏まえ、今後、どのような取り組みが必要と考えるか。

避難生活を送る県民を中心に、糖尿病など生活習慣病の予備軍が増えている。精神的な悩みを抱える人も少なくない。医療従事者が相談に乗ったり生活習慣を指導したりするには、県民健康調査の枠組みだけでは対応できない。他の医療機関とも連携し、総合的に「長寿県」を目指す仕組みを作らないといけない。

―環境省の専門家会議で、県民らへの医療支援について議論が進む。県民にどのような支援が必要だと考えるか。

広島や長崎の被爆者に関しては、「被曝線量に応じた因果関係に基づく補償」が政府の方針だった。精神的な影響などは含まれず、必要な支援が受けられない人もいた。この教訓から福島では、被曝など原発事故の直接的な影響だけでなく、避難生活などによる精神的な影響などの健康被害にも適切な対応が求められる。

◆やました・しゅんいち 1978年、長崎大医学部卒業、90年同大教授。チェルノブイリで甲状腺検査などに従事。2011年、県民健康調査検討委員会の座長、福島県立医大副学長。13年、長崎大理事・副学長。

 

朝日新聞 2014年10月03日
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20141003071190001.html