診断学の基礎知識と甲状腺がん議論の整理

2014年11月10日
診断学の基礎知識と甲状腺がん議論の整理(第5.01版)
岡山大学大学院・環境生命科学研究科
津田敏秀

はじめに
2014年10月20日に開催された環境省・第12回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議において、偽陽性についての意見のすれ違いが生じました。この偽陽性の問題は、医学部においては、感度・特異度というような医学診断学の基礎的理論と共に教えられます。この医学診断学の基礎的理論に基づいた計算問題は、医師国家試験にも毎度のように出題され、間違えてはならない点稼ぎ問題としても知られます。従いまして、そんなに難解な話ではなく、基本を勉強すれば、四則演算しか使わない簡単な話であり、誰にでも理解できます。ただ、複数の検査が組み合わさる実際の臨床やスクリーニングでの検査では、この簡単な表が複数必要になり、話が混乱してしまいます。ここでは、この混乱した議論を整理して、この偽陽性に関する意見のすれ違いを整理して解説致します。
この環境省の「第12回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」では、環境省事務局が作成して専門家会議の委員に配布された「たたき台」と呼ばれた専門家会議の報告書の原案に、偽陽性として1,744人と381人という2種類の人数が示されています。表1はその部分を抜き出したものです。
表1の文章からは、1,744人と381人の偽陽性であった受診者の2種類の数が読み取れます。さらに、同じ日の委員会の中で、福島医大の阿部委員は、「福島医大が偽陽性とみなしているのは、手術後に良性だと分かった1人のみである」と主張されました。これもまた異なる数です。さらに、環境省の得津参事官は、この会議終了後に、「公衆衛生の世界では、1次検査で異常が見つかり、最終的に異常なしは全て偽陽性というんです」とコメントしたそうです。この得津参事官のコメントに基づくと、表1の文章にあるように悪性ないし悪性疑いと診断された104人という人数に基づき、1次検査を受けた296,026人中、1,744人が偽陽性であったことになり、これまでの3種類の中の1つに符合します。同じ偽陽性例という言葉を使って、少なくとも3種類の異なった数字が出ることになるわけですから、これでは傍聴している方々は、何が何だか分からないことになるのも当然でしょう。何より、当の環境省事務局や委員の方々ご自身が混乱され理解されずに、3種類の数字を同じ「偽陽性」という1つの言葉を用いて議論されている可能性があります。これでは、議論がかみ合わず空転してしまっても仕方がありません。

さらに、この委員会の委員である祖父江委員や、福島県県民健康調査検討委員会の津金委員、同委員会甲状腺検査評価部会の渋谷委員は、2007年以前の日本全国での甲状腺がん発生率を桁違いに上回るほど数多く見つかっている甲状腺がん症例数を、日本全国の発生率とは直接比較できず、それは超音波エコーを用いた甲状腺がんスクリーニングを福島県内で2011年度から行っているための見かけ上の増加でありとし、再三再四、福島県立医大の鈴木眞一教授など他の委員と激論を交わしておられます。この「見かけ上の増加」分もまた、偽陽性例と呼ぶような症例であると言っているのと同じことになります。具体的数字は示されていないものの、これもまた、これまで挙げてきた3種類の偽陽性の数字とは、また異なる偽陽性が想定されています。すなわち、計4種類(もしかしたらそれ以上の種類があるかもしれません)の偽陽性があることになります。本稿では、この4種類の偽陽性を、数多くの表を用いて、整理しながら説明していきたいと思います。

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