原発事故がもたらした精神的被害:構造的暴力による社会的虐待 / 岩波科学2016年3月号

辻内琢也
早稲田大学災害復興医療人類学研究所所長

医師であり医療人類学者であるポール・ファーマーは,2010年にハイチを襲った巨大地震による社会状況を,臨床医学で使われる言葉を使って「慢性状態の急性増悪(acute-on-chronic)」と呼んだ。植民地時代からの強国による不当な社会的・経済的圧力,そして近代化の歪みといった歴史が作り出した慢性的な社会病理が,地震という打撃によって急性増悪したと理解したのだ。わが国に起こった東日本大震災および福島第一原子力発電所事故(以下,原発事故)も同様に「慢性状態の急性増悪」と理解できるであろう。日本の近代化や経済政策が作り出してきた社会構造の慢性的な病理がいま各所で露見し,多くの被災者・被害者を苦しめているのである。

筆者ら早稲田大学「災害復興医療人類学研究所(旧・震災と人間科学プロジェクト)」は,震災支援ネットワーク埼玉(代表:猪股正,以下SSN)やNHK仙台・福島放送局と共同して行ったアンケート調査の量的・質的データをもとに,原発事故に伴う著しい精神的ストレスを明らかにしてきた。事故1年後に行った2012年度の調査結果を「原発事故避難者の深い精神的苦痛」(『世界』2012年10月号)として,2013年度の調査結果を「深刻さつづく原発被災者の精神的苦痛:帰還をめぐる苦悩とストレス」(『世界』2014年1月臨時増刊)にまとめた。本稿では,その後の2014年度調査および2015年度調査をもとに,精神的ストレスの継時的な変化と,分極化したグループの分析をおこなう。

原発事故がもたらした精神的被害:構造的暴力による社会的虐待(PDF 1MB)