日本学術会議 東日本大震災復興支援委員会 放射能対策分科会 提言: 復興に向けた長期的な放射能対策のために ー学術専門家を交えた省庁横断的な放射能対策の必要性ー

平成26年(2014年)9月19日  日本学術会議 東日本大震災復興支援委員会 放射能対策分科会

要 旨

1   作成の背景
2011年3月11日の東日本大震災により東京電力福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原発」という。)で発生した事故(以下、「原発事故」という。)は、放射性物質の放出を伴い、それらが大気中や海洋等、広範囲に拡散した。日本学術会議東日本大震災復興支援委員会放射能対策分科会(以下、「本分科会」という。)は、原発事故に伴う放射性物質による汚染の現状と今後の推移についての推定に基づいて、放射性物質への被ばくによる住民の健康影響を評価し、その影響をできるだけ減らすために、2012年4月提言「放射能対策の新たな一歩を踏み出すために -事実の科学的探索に基づく行動を-」(以下、「前提言」という。)を公表した[1]。前提言では、事故からの経緯を総括し、原発事故による汚染の現状と今後の推移の推定のための体系的活動を科学者の社会に対する責務として提示した。すなわち、福島第一原発からの放射性物質放出時期と放出総量の推定を起点とし、放射性物質の環境中での分配や移行の状況を解明し、被災した住民の被ばく経路を時系列的かつ地理的位置ごとに網羅的に把握し、それに伴う被ばく時間と被ばく量を推定し、結果として危惧される健康影響を評価するに至る活動を取りまとめたものである。その上で、これらの活動に関わる6つの提言と5つの課題を取りまとめた。
前提言の取りまとめ後、社会的状況にいくつかの変化が見られた。
当時、必要な情報は一元的に管理・提示されていなかったが、前提言の公表から1年半が経過し、本分科会が問題視した原発事故に関わる情報収集・管理体制も大きく変化した。福島第一原発周辺地域の環境回復等の要望に応えるため、国は2011年8月2日に「総合モニタリング計画」を策定し、関係府省及び自治体等がそれぞれ行政目的に即したモニタリングを実施してきた。2013年4月1日には、「総合モニタリング計画」が改定され、放射能対策に関する検討、情報収集の主体は、従来の文部科学省から新たに設置された原子力規制委員会に移管された。関係機関によるモニタリングの測定結果は、「将来の被ばくを可能な限り定量的に予測し、避難区域の変更・見直しに係る検討及び判断」等の総合モニタリング計画の主要な目標達成に資するため、継続的に蓄積・整理され、「放射線モニタリング情報」として原子力規制委員会などのウェブサイト上で公開されるようになっている。
しかしながら、原子力規制委員会「モニタリング調整会議」の構成員は、関係省庁の代表と福島県及び東京電力の関係者に限定されており、科学者の直接の関与がない。また、モニタリング項目・内容・頻度等について、必ずしも科学的に適切でない部分が散見される。さらに、原子力規制委員会設置以降の新体制では、放射線分野の学術・研究の所管省庁にも変化が見られ、今後行政と学術との協働をいかに設計するかという新たな課題も浮上してきた。
加えて、原発事故に関して、政府、国会、民間の事故調査報告書が公表され、事故当時の状況は前提言時よりも多くのことが明らかにされた。しかしながら、これらには、限定されたデータを基に作成されたという限界があることも否めない。また、これらの一連の報告書の公表後にも、事故直後のモニタリングデータが新たに公開されたため、これらのデータに基づき、初期被ばく評価の一層の科学的解明を図る必要が改めて生じている。このような国レベルの制度的状況の変化に加えて、現地における支援活動も本格的な実践段階に移った。
以上の新たな状況を踏まえて、本分科会は、福島県民の検診結果に基づく健康管理のあり方に関する検討をさらに深めるべきであり、また、現在進行している現地の放射能汚染対応についても、新たに指摘すべき課題について整理すべきと考えた。これらの政策的対応には、多様な配慮や自然科学と人文・社会科学との協働が不可欠なことは言うまでもない。
以上の今日的課題を踏まえ、本分科会は、前提言及びそこで指摘した課題に応えるために、5つの提言を新たに追加することとした。

2   提言の内容
本提言では、長期的放射能対策において行政と学術とが適切な役割を果たすとともに、放射線被ばくによる健康影響低減策をより効果的なものにするために、以下の5つの提言を行う。

(1)   府省横断的な研究体制と原子力規制行政支援に対応する新たな学術的枠組み
提言1: 学術専門家が参画する長期的で府省横断的な放射能調査・研究体制の必要性
原発事故に起因する放射性物質の幅広いモニタリングと移行の予測を行い、さらに、その結果に基づいてヒトの健康への影響や生活環境への影響をより正確に予測するためには、放射線、炉内事象、環境動態分野等に関する学際的かつ総合的な解析が必要である。このため、政府は、今後国の中枢に、学術専門家が参画した府省横断的学術調査・研究企画調整体制を整備し、適切な情報を効果的に政策決定に反映させる制度を構築すべきである。現状では、これは原子力規制委員会の下に置かれることが望ましい。

提言2: 原子力規制委員会に対する科学者コミュニティの貢献の必要性
提言1で述べた総合的知見を原子力規制委員会による中長期的な放射能対策に係る決定に多様な分野から支援を行うために、科学者コミュニティは、協働して科学的知見と助言を原子力規制委員会に提供する仕組みを直ちに確立すべきである。また、原子力規制行政に対する国民の信頼を再構築するためには、科学者コミュニティが、これら行政の活動を第三者として自主的かつ客観的に評価することも重要である。

提言3: 初期被ばくの実態についての学術的解明の必要性
初期被ばくの影響については、事故初期の放射性物質の放出や拡散の情報が十分に公開・共有されていないために、適切に解明されているとは言い難い。一刻も早く、初期被ばくの実態を把握する必要がある。そのために、政府関係機関並びに全ての学術組織は、保有するものの中で原発事故とその影響の解明に役立つ可能性のある情報を、ただちに公開すべきである。また、それら新たな情報や、炉内事象、放射性物質の物理的・化学的性状等に関する知見を基に、大気中放射性物質濃度の再現シミュレーションの高度化を図るなど、初期被ばくの実態を明らかにする研究の充実が必要である。また、政府・自治体は、これらの研究結果を必要な政策決定に反映すべきである。

(2)   地域支援に向けた科学者の役割
提言4: 健康管理に関わる調査の継続と多様な配慮の必要性
福島県は、引き続き放射線による健康への影響の発現を監視する健康調査を継続すべきである。同時に、科学者コミュニティは、健康を総合的に理解し保護するための考え方、健康調査体制のあり方、健康調査結果の伝え方等について、住民との十分な対話を踏まえつつ、不断の改善を図るよう、全力を尽くすべきである。健康調査結果に基づく有病率の適切な解釈を行うとともに、万一、心身の健康異常を発見した場合は、国や県は充実した医療を提供すべきである。
さらに、現在限定的に行われている健康調査の対象地域の妥当性については、国は初期被ばくに関する新たな知見を踏まえ再検討すべきであり、科学者コミュニティはこれらの活動を支援しなければならない。

提言5: 地域支援に関する学術的活動の強化
科学者コミュニティは、政府が示した基本的考え方の具体的な運用にあたって、住民帰還の判断や除染の目標値に関する、地域の決定ならびに住民それぞれの選択を支援する必要がある。また科学者コミュニティは、除染の適正化、費用と効果、効果的な除染技術への科学的な裏付け、除染作業者の健康管理についても、政府の適切な政策を導くための助言を行う必要がある。これらの学術的活動を通じて、除染土壌・除染廃棄物の仮置き、中間貯蔵、最終処分の立地を巡る課題、帰還後あるいは長期避難先または移住先での生活再建の選択といった、地域支援に係る課題に適切な対処がなされるよう努めなければならない。

目 次
1 はじめに ……………………………………………….. 1
2 府省横断的な研究体制と原子力規制行政支援のための新たな学術的枠組みの必要性 …………………………………………………… 5
(1) 府省分業的研究組織の限界 ………………………………. 5
(2) 統合的解析のあり方とその活用 …………………………… 5
(3) 現行の行政主導モニタリングの問題 ……………………….. 9
(4) 必要な学術支援の枠組み ……………………………….. 11
3 前提言後の新たな動きの中での地域支援に資する学術活動 ……….. 12
(1) 放射性物質の放出シナリオの解明 ………………………… 12
(2) 低レベル放射線被ばくの影響 ……………………………. 12
(3) 除染と地域支援に関わる課題 ……………………………. 13
4 提言 ………………………………………………….. 15
<参考文献> ………………………………………………. 17
<参考資料>東日本大震災復興支援委員会放射能対策分科会審議経過 ….. 19

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t140919.pdf