日本学術会議第一部 福島原発災害後の科学と社会のあり方を問う分科会 提言 :科学と社会のよりよい関係に向けて ―福島原発災害後の信頼喪失を 踏まえて―

要 旨

1 作成の背景
東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こり、事故が起こったこととその後の対応をめぐり科学や科学者に対する信頼は大きく低下した。本分科会は、なぜ、このような事態が生じたのか、信頼を回復していくにはどのような方策が必要なのかについて明らかにすることを目指した。そして、科学と社会の関わりのあり方の改善に向け、1)科学者集団、すなわち私たち自身、2)日本学術会議、3)政府と社会に対して、適切な方策をとることを求めようとするものである。

2 現状及び問題点
福島原発災害による科学者の信頼失墜は、事故を防ぐことができなかったこと、「安全である」と過度に強調してきたこと(「安全神話」を担ったこと)、事故後に適切な対応や情報提供ができなかったこと等、広い範囲に及んでいる。公衆が知りたいはずの重要な情報が公開されなかったり、隠されたりしていると疑われ、それは行政担当者とともに科学者の関与によるものと想定されることが少なくなかった。政府や事業者と科学者との関係のあり方が適切であるかどうかも問われることとなった。こうした事態の背後には、科学と社会の関わりのあり方が大きく変化してきたという事実がある。昨今では、「トランス・サイエンス」という用語が広く用いられており、それは、科学によって提起されるが科学によっては答えることができない領域を指す。このことからも分かるように、科学は「客観的真理」を提供し、社会の側がそれに基づいて何らかの政治的な対応、意思決定を行うという「科学」と「社会」の分業的な関係がつねに成り立つわけではなく、両者の間の線引きが困難な問題が増加していると考えられる。従来、科学技術に関わる事柄の公共的合意形成や意思決定については、科学者による政府への「科学的助言」という枠組みで捉えられ、プロフェッショナルな科学者集団は内部で議論して精査した結果を、社会に対して統一見解として発信することが重要だという考え方が優勢だった。しかし、トランス・サイエンスの問題群に対しては、この考え方は必ずしも適合しない。科学的不確実性が高く、トランス・サイエンス的状況にある主題に対しては、専門的な研究者集団がその領域で閉じた議論で統一見解を出すだけでは、不適切な事態になりうることに留意すべきである。では、こうした問題領域において、科学者集団と社会はどのような関わりを目指すべきだろうか。科学者集団があらためて自覚を高めるべきこと、日本学術会議が取り組むべきこと、そして科学技術について政府や社会が取り組むべきことについて以下の提言を行う。

3 提言
本提言は、まず科学者集団、すなわち私たち自身に反省と自戒を踏まえ新たな姿勢で社会に相対すべきことを求めるものである(下記①、②)。続いて、それを踏まえて日本学術会議が取り組むべきことを提示する(下記③、④、⑤)。そして、最後に、政府と社会に向けて科学と社会の関わりのあり方の改善に向けた方策をとることを求めるものである(下記⑥、⑦、⑧)。

① 科学者集団は、科学の成果についての社会的なコミュニケーションを促進すべきである。科学は社会の中で生きる人間の行為としてあり、社会関係や人間の生き方の総体に大きな影響を及ぼすからである。

② 科学者集団は追求している学術的成果がどのような政治的経済的利害関係に関わっているのかについて、つねに反省的に振り返るべきである。また、他の分野や異なる立場の科学者や市民からの批判的検討を歓迎し、開かれた討議の場を積極的に設けるべきである。

③ 科学と社会とのコミュニケーションを深める上で、日本学術会議の役割は大きい。政府・行政に対する関与とともに、市民社会との関わりに力を入れるべきである。政府への科学的助言にも市民とのコミュニケーションが反映するような仕組みを形作るべきである。

④ その際に日本学術会議は、多様な分野と多様な立場の専門家が関わり、また有識者や市民等が加わる開かれた討議の場を積極的に設けるべきである。これまでの課題別委員会方式をより多くの分野に適用することも一つの方策である。

⑤ 日本学術会議は、科学と社会との関わりのあり方をめぐる世界各国の制度や討議の状況についてつねに情報把握・情報交換に努めるとともに、第二次世界大戦後、現在に至るまでの日本の科学者集団の対応がどのようなものであったか歴史的に検討し、今後の対応に資するよう持続的に取り組む体制を構築すべきである。

⑥ 日本学術会議は、文系と理系の分断を超えた科学技術についての「新たな社会的リテラシー」の検討を行い、政府はその検討を踏まえ、大学教育とりわけ学部後期及び大学院においてそれを実施していくべきである。

⑦ 政府は、上記の②及び④を促進する施策を進めるべきである。

⑧ 政府の上記の施策は予算措置に裏付けられるべきであり、日本学術会議がこの問題について自律的な調査研究機能を持続的に強化していける態勢を支えるべきである。

目 次
1 はじめに ··························································· 1
2 福島原発災害後の科学の信頼失墜 ····································· 3
3 科学が信頼を失ったのはなぜか? ····································· 6
4 科学が公共的役割を自覚したものであるために ························· 9
5 科学者集団と政府との関わりのあり方 ································· 11
6 日本学術会議の役割 ················································· 15
7 科学と社会のよりよい関係に向けての具体的な方策 ····················· 18
(1) 政府に対する「科学的助言」のあり方とその限界 ···················· 18
(2) 社会の中の科学の自覚から求められる具体的な方策―提言 ············ 19
<参考文献> ··························································· 21
<参考資料1>審議経過 ················································· 24
<参考資料2>公開シンポジウム ········································· 26

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t195-6.pdf