第5回 市民科学者国際会議
~東京電力福島第一原子力発電所事故の放射線被ばくによる
健康影響を科学的に究明し、防護と対策を実現するために~
日時:2015年9月21日(月・祝)9:30 ~ 【1日目はこちら/3日目はこちら】 English
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター(国際交流棟 国際会議室)
〒151-0052 東京都渋谷区代々木神園町3-1
2日目 予定スケジュール
(スケジュールは大幅に変更になることもあります。また講演順序は入れ替わることもあります)
9:00 ~ |
開場 |
9:30 ~ |
セッション 1: 生物学的影響と公衆衛生 |
14:30 ~19:00 |
円卓会議: 低線量被曝と公衆衛生の課題 |
津田 敏秀
所属:岡山大学大学院環境生命科学研究科・人間生態学分野・環境疫学・教授
専門:疫学・環境保健
プロフィール
岡山大学大学院環境生命科学研究科・教授(専門分野: 疫学・環境保健)
1958年生まれ、兵庫県姫路市出身
1985年岡山大学医学部医学科卒業、医師免許証取得
1989年岡山大学医学研究科修了、医学博士
1990年岡山大学医学部助手(衛生学)
同講師、岡山大学大学院医歯学総合研究科講師を経て
2005年岡山大学大学院環境学研究科教授(環境疫学)後、改組にて現職
科学的根拠に関する情報交換のしかた-放射線の人体影響に関する事例を用いて-
津田 敏秀
講演概要
放射線による人体影響に関するリスクコミュニケーションが、日本国内で極めて混乱している状況となっていることは、今日、放射線の人体影響に関していかなる意見を持っておられる方々であろうとも共通した認識であると思われる。リスクコミュニケーションにおいて、住民が不安がるからという理由を掲げて正確なリスクに基づく対話が妨げられることは、そもそもその原則に反する。化学物質など環境汚染による人体影響の定量的推定を専門とし、リスクコミュニケーションに関しても研究している私にとっては、今日の状況は危機的な状況でありかつ、自らの知的興味を引き起こす事態である。
このことに関して理解を深めていただくために、100mSv閾値論、2013年WHO健康リスクアセスメント報告書、生物学的モニタリング、の3つの観点から説明したい。まず、100mSv閾値論は、「100mSv以下の被ばくでは、被ばくによるがんは出ない、もしくはがんが出たとしても認識できない」という言い方に代表される100mSv以下の被ばくでは発がん性に関して何も分かっていないという意見表明である。この言い方は、国際放射線防護委員会ICRP2007年勧告(Pub.103)の“(A86)(...)There is, however, general agreement that epidemiological methods used for the estimation of cancer risk do not have the power to directly reveal cancer risks in the dose range up to around 100 mSv”や原子放射線の影響に関する国連科学委員会UNSCEAR 2008 の“(Paragraph D251)Neither the most informative LSS study nor any other studies have provided conclusive evidence of carcinogenic effects of radiation at smaller [than 100 mSv] doses”などの記載を読み誤った初歩的な誤りである。つまり「広島・長崎の被ばく者コホートにおいて全年齢層平均・全がん平均して2003年時点でいわゆる5%水準で統計的有意差がなかった(8%水準では有意)」という記載を、「被ばくによるがんは出ない・わからない」と単純に読み誤ったためである。この点は、これまで何度も問題にしてきたが、「そんなことを言う人はもういない」と一蹴されるぐらいに強固な合意ができているにもかかわらず、例えば内閣府の会議や政府広報において、いまだに使われている誤りでもある。
次に、放射線の健康影響のみならず、福島県の2011年内に生じた被ばくに関して、世界保健機構WHOが2013年2月に出した健康リスクアセスメント報告書において甲状腺がん、白血病、乳がん、その他の固形がんが多発することを定量的に示している点について日本国内ではほとんど知られていないために、この報告書に基づいた議論がほとんどなされていない点を論じる。同報告書の内容の解説、その後の情報、そこから読み取れるものなどを議論の素材として提供する。
そして、事故直後のヨウ素131の動向が判然としていないので、現在観察されている福島県での事故当時18歳以下の甲状腺がんの検出状況をふまえ、その動向について推論を試み、対策を提言する(生物学的モニタリングの応用)。
以上の3つの議論を踏まえて、日本ではどのようなリスクコミュニケーションの障害が生じているのかを大まかに把握していただく助けとしたい。このようなコミュニケーションのすれ違いや欠如とも言える事態が現代日本社会において出現している理由としては、説得や弁論を成り立たせるにはどのような要件が必要かという基本知識すら、日本人に欠けているという根本的な要素も指摘したい。ギリシャ時代の哲学者アリストテレスは、言論を通してわれわれの手で得られる説得には三つの種類があるとし、1つは論者の人柄にかかっている説得、2つ目は聞き手の心がある状態におかれることによるもの、3つ目は言論そのものにかかっているもので、言論が証明を与えている、もしくは与えているように見えることから生ずる説得であるとしている(『弁論術』岩波文庫)。それぞれ、エートス(ἦθος:聞き手が論者にある印象を持つ)、パトス(πάθος:聞き手の感情が動かされる)、ロゴス(λόγος:証明による説得)と呼んだ。アリストテレスによると古代ギリシャでは弁論技術書の著者たちが唯一の目標として研鑽に努めていたのはパトスのようである。現代の日本でも研鑽されているか否かは別にして、弁論や説得というとパトスしか意識されていないと思う。そしてエートスとロゴスが現代日本のこの議論では決定的に欠けており、さらに情報交換や説得という場さえも成り立たない状況となっている。ロゴスの欠如には、「科学的根拠とは何か」が共有されていない日本の科学教育の悲惨な現実もまた関与している。
現代日本では、説得や対話が決定的に欠如しているだけでなくその基盤となる基礎的知識もまた欠如している。しかし科学的根拠に関する情報交換の欠如に関しては、とりあえずの対策は簡単である。関連する専門家に、根拠となる文献やデータを持参させ、直接に公開の場で、合意に至るまで何度でも(少なくとも意見の合意点と相違点とその理由が明らかになるまで)情報を交換させるだけである。自らの専門分野に関して、直接にあるいは学術雑誌等の誌上で意見を交換することは、専門家を名乗る以上、義務である。このことが、研究者自身にも、メディアにも、行政関係者にも、それ以外にも、完全に忘れ去られ、直接に言葉を交わすことのない議論が延々と続いて時間ばかりが消費され、人体被害や経済的損失が拡大しかねない状況が、現在の日本の状況であると言える。これは、高等教育や中等教育における哲学教育が欧米に比較して完全に欠如しているとも言える日本独特の現象であるとも言える。
ジョン・マシューズ
所属:メルボルン大学 人口学・国際保健学大学院
専門:疫学
プロフィール
ジョン・マシューズ氏は、パプア・ニューギニア、オックスフォード、メルボルン、ダーウィンおよびキャンベラでの経験を持つ疫学者である。枯れ葉剤(Agent Orange)、電離放射線、インフルエンザのパンデミック、SARS、先住民の健康、BSE、v-CJD、研究方針、保健サービスおよびデータ結合などのさまざまな分野にわたり、オーストラリア政府の顧問を務めている。メンジーズ・スクール・オブ・ヘルス・リサーチの理事長(1984-99)、およびオーストラリア政府の上級顧問(1999-2004)を務めた。近年はメディケアの匿名化データを用いて、小児期のCTスキャンの発癌リスクを研究している。
CTスキャンによる低線量被ばく後の発がんリスク―逆の因果関係について何が言えるのか?
ジョン・マシューズ
講演概要
発がん率は、医療診断に用いられるコンピュータ断層撮影(CT)による低線量被ばくの後に上昇する。しかし、CTスキャンとがんの診断の間の遅滞期間が非常に短い場合には、がんが被曝によって発症したのではなく、CTスキャンががんの初期症状によって(逆の因果関係、reverse causation)、あるいは前がん症状の調査の必要性によって(適用による交絡)促された可能性がある。我々はオーストラリアの若年層約1100万人のコホートについて、診断用CTスキャン後のがん発症率をモデル化した。12ヶ月未満の遅滞期間内に発症したがんの大半は逆の因果関係(reverse causation)で説明できるが、それより長い遅滞期間についてはごく一部しか逆の因果関係により説明できないことを発見した。CTスキャンに起因するとみられるがんの過剰相対リスクは、わずか2-3年の遅滞期間で1mSvあたり0.056(95%信頼区間は0.047-0.065)である。原爆被爆者の寿命調査(LSS)からの推計値は、それよりもはるかに低い。線量単位あたりの平均発がんリスクは、LSSにおけるより高い平均線量よりも、CTスキャンの低線量での方が高いことが示唆される。
ティモシー・A・ムソー
所属:サウスカロライナ大学生物科学科
専門:福島とチェルノブイリの野生生物、生態学、進化、遺伝学、適応
プロフィール
ティモシー・ムソー氏は、サウスカロライナ大学教養学部生物科学教授である。1988年にマギル大学から生物学の博士号を授与された。現在、中部大学の客員教授でもある。前職には、サウスカロライナ大学研究事務局副局長補および大学院研究科長、米国国立科学財団の集団生物学のプログラムオフィサーが含まれる。近年は米国科学アカデミーの原子力発電事業に関わる健康被害の調査の委員を務めた。米国科学振興協会、アメリカ諸学会評議員会とエクスプローラーズ・クラブ(ニューヨーク市)のフェローであり、またコスモス・クラブ(ワシントンDC)の会員として選出されている。研究分野は動植物の生態学と進化であり、自然集団において環境の変化への適応がどのように進化するか、および適応性のある母性効果の進化に特別な関心を抱いている。2000年よりムソー博士と同僚らは、チェルノブイリ原発事故によって放出された放射性物質が鳥類、昆虫類、植物類、微生物類の自然集団に与える影響を調査し、2005年以降このテーマに関する70以上の論文を発表、書籍10冊を執筆、また計180以上の論文を編集してきた。最近は日本の福島県を訪れ、この地域でみられる高線量の放射線の影響を調査している。調査結果はニューヨークタイムズ、エコノミスト、サイエンティフィック・アメリカン、BBC、CBSの60 Minutesで取り上げられている。ムソー博士の研究は、個体、集団および生態系の放射性汚染物質への感受性の多様性の背景にあるメカニズムを発見し理解するために、フィールドでの生態学的調査と、ゲノミクス、細胞遺伝学、量的遺伝学、ラジオテレメトリー調査、および高度な統計的手法を組み合わせている。研究目的のひとつは放射線量が高い環境に生物が適応できるか否かを見極めることである。
詳細情報は、サウスカロライナ大学チェルノブイリ・福島調査研究イニシアティブのウェブサイトに掲載されている。
http://cricket.biol.sc.edu
チェルノブイリと福島の野生生物への放射線影響
ティモシー・A・ムソー
講演概要
チェルノブイリ、福島および世界の高自然放射線地域の動植物に関する最近の科学的研究は、環境中の放射性核種に由来する低線量放射線への暴露が、変異率の上昇、繁殖率と寿命の低下、発生異常率と腫瘍の増加、生物多様性と集団個体数の減少、および広範な生態系への影響につながるという強力な証拠を示している。こうした調査結果の分析は、それ以下では生物学的影響が観察されないという「しきい値」はなく、非常に低レベルの暴露でさえも、特に複数世代にわたる慢性的な暴露の後に、自然集団に計測可能な影響を与えることを示している。ムソー博士は福島の動植物の調査について概説して論じ、チェルノブイリの研究のこれまでの結果と比較する。また、世界の放射能汚染地域に住む人間の集団への潜在的影響についての洞察を提供するために、原爆被爆者や患者での医療用放射線の影響の研究との比較も行う。
濱岡 豊
所属:慶応大学商学部
専門:マーケティング・サイエンス、イノベーション・マネジメント
プロフィール
広島県生まれ。東北大学工学部卒、東大大学院修了(工学修士:原子力、学術博士:先端学際工学)。1996年から慶応大学商学部にてマーケティング・リサーチ、製品開発論、データ分析などを教える。研究対象は、消費者間のクチコミ、企業や消費者によるイノベーション等。研究アプローチは事例研究やデータ分析。東日本大震災後は放射線の健康影響に関するデータの批判的(再)分析も行っている。主要著書『消費者間の相互作用についての研究』『Webマーケティングの科学』。放射線の健康影響に関しては「放射線被曝と甲状腺結節(岩波書店・「科学」2015年6月号)」「広島、長崎被曝者データの再分析(同9月号)」「長期低線量被曝関連研究からの知見・課題と再分析 (同10月号掲載予定)」などがある。
広島、長崎、ハンフォード、そして福島
低線量被曝研究のための批判的レビューと再分析
濱岡 豊
講演概要
この報告では以下の3つの研究結果を紹介する。広島・長崎の被爆者データの分析は、放射線の健康影響を評価するための重要なデータである。寿命調査Life Span Survey (LSS) の13報 (Preston et al., 2013) 、14報 (Ozasa et al. 2012)を批判的にレビューし、再分析を行った。主要な結果は以下の通りである。(1)個人レベルのデータについて、線量などを離散化して層別に集計することによって、検定力が低下するだけでなく、閾値推定モデルでは閾値が高く推定される。(2) LSS13では、線形モデルについて低線量域にサンプルを限定して推定すると、125 mSvまで用いると有意となるとしている。これはサンプルサイズの減少を無視した不適切な結論であり、すべてのデータを用いて推定すべきである。(3) LSS14では、このような分析はされず、すべてのデータを用いて、ある境界値で直線の傾きが変化する「線形スプラインモデル」を推定しているが、線形モデルとの適合度の比較がされていない。これらを含む8種類の線量—応答関数を推定し、情報量基準(AIC, BIC)によってモデル選択を行った結果、線形モデルが最良となった。
原爆被爆者の個人データは公開されていないが、ハンフォードなど3原子力関連施設従業員データは公開されている。このデータを層別集計して分析したGilbert et al.(1993)では、累積被曝量と固形がん死には有意な関係がないとしていた。しかし、個人レベルで部位毎のがん死の確率を推定する「2項ロジットモデル」、複数の死因のうちいずれかで死亡するという「多項ロジットモデル」、さらに、死亡までの期間も考慮する「ハザード・モデル」で推定したところ、累積被曝量と固形がん死確率などには有意な関係が得られた。
層別集計して分析するという手法はLSSをはじめ、原子力関連作業員Mayak, Techa Riverなど放射線疫学の主要な研究で用いられてきたが、低線量被ばくの影響を把握するためには、個人レベルのデータを分析するべきである。
福島県甲状腺検査の結果について、公開されている市町村レベルのデータについて、UNSCEARの甲状腺被曝線量と甲状腺がん、甲状腺結節との関係を分析した。甲状腺がんについては被曝線量は有意ではなかったが甲状腺結節数については正で有意な係数が得られた。検査時年齢は正、被曝時年齢は負など、LSSと一致する結果である。原爆被曝者(Imaizumi et al., 2005)、チェルノブイリの追跡調査(Hayashida et al.,2012)では結節がある者ほど、その後の甲状腺がんのリスクが高いことが示されている。迅速な対応が必要である。
キース・ベーヴァーストック
所属:東フィンランド大学環境科学学科
専門:環境科学、 放射線生物学
プロフィール
キース・ベーヴァーストックは、過去40年間、 最初は英国の医学研究委員会で、そして1991年からはWHO(世界保健機関)の欧州地域事務所で、放射線の健康影響に関する分野に関わってきた。現在の研究分野は、理論生物学で,特に電離放射線がどのように生物システムに悪影響を与えるかということに焦点を絞っている。現在、東フィンランド大学の講師である。
島薗 進
所属:上智大学(神学部、グリーフケア研究所)、東京大学名誉教授
専門:宗教学·死生学·生命倫理学
プロフィール
最終学歴:東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。
職歴:筑波大学哲学思想学系研究員、東京外国語大学助手·助教授を経て、東京大学文学部(大学院人文社会系研究科)宗教学宗教史学科教授。カリフォルニア大学バークレイ校留学(1984-85年)。1996年、シカゴ大学客員教授、1997年フランス社会科学高等研究院(Ecole des Hautes Etudes en Science Sociales)招聘教授、2000年、チュービンゲン大学の客員教授、2006年、カイロ大学客員教授、2010年カリフォルニア大学バークレー校フェルスター講義、2011年ベネチア·カフォスカリ大学客員教授。
主要著作:『現代救済宗教論』(青弓社、1992)、『精神世界のゆくえ』(東京堂出版、1996、秋山書店、2007)、『現代宗教の可能性』(岩波書店、1997)、『時代のなかの新宗教』(弘文堂、1999)、『ポストモダンの新宗教』(東京堂出版、2001)、『〈癒す知〉の系譜』(吉川弘文館、2003)、From Salvation to Spirituality (Trans Pacific Press, 2004)、『いのちの始まりの生命倫理』(春秋社、2006)、『宗教学キーワード』(共編著、2006)、『スピリチュアリティの興隆』(岩波書店、2007)、『宗教学の名著30』(筑摩書房、2008)、『国家神道と日本人』(岩波書店、2010)『日本人の死生観を読む』(朝日新聞出版、2012年)
ホームページURL: http://shimazono.spinavi.net/